第2回 「本当にできるのか……?」AIへの不安が期待に変わったプロジェクトの転機

スピーディーな検証サイクルで、腫瘍検知は実用可能な高精度へ

目次

甲状腺疾患専門病院として長い歴史を持つ「伊藤病院」は、インキュビットとの共同研究開発により、エコー画像からの腫瘍検知と、「シェーマ図」という医師の診断に重要なレポートを作成するAIを開発しました。

甲状腺の超音波検査(エコー)を予約なしで受けられる伊藤病院では、外来患者数の増加に伴い、検査から診断にかかる時間を短縮する必要性を感じていました。臨床検査技師がエコーで撮影した複数の画像から、腫瘍の大きさや位置をレポート化する作業をAIで自動化することで、外来患者の待ち時間の短縮と、臨床検査技師の負担軽減が期待されます。

本インタビューでは、共同研究開発プロジェクトに携わった、伊藤病院外科医師の北川亘氏と臨床検査技師の天野高志氏、インキュビットの北村尚紀と坪井りんが、今回のAI開発について語り合います。

第2回は、プロジェクト中の不安や学びなど、初のAI開発に取り組んだ伊藤病院の皆様の想いをざっくばらんに打ち明けていただきました。

インキュビットと病院スタッフの連携により、スピーディーな検証サイクルを実現


伊藤病院 診療技術部 臨床検査室 主任
天野さん(臨床検査技師)

北村 : 今回のプロジェクトにおける、北川先生と天野さんの役割を教えていただけますか?

北川先生 : 私は副院長とともに、進捗確認と最終的な評価のところを担当しました。進行を見るのと、最終的にインキュビットさんと一緒に評価をする、その統括をしていたというところでしょうか。

天野さん : 私は北川部長の指示のもと、プロジェクトが円滑に進むように、技師側の窓口としてインキュビットさんが技師の具体的な作業やプロセスを理解できるよう手助けしました。実際にエコーを撮影しているところやシェーマ図を作るところをみてもらったり、質問があったときは随時答えるなどです。アノテーション(AIに学習させる「教師データ」を作るため、エコー画像に腫瘍をラベル付けする作業)も担当しました。今回はアノテーション量が結構あったので、私を含めAIプロジェクトに参加している技師たちの事務作業の負担が重くなりすぎないように調整していきました。

北村 : アノテーションへのご協力、本当にありがとうございました。2020年の9月末に最終報告で、諸々含めると1年弱ほどのプロジェクトでしたが、進行やスピード感はいかがでしたか?

北川先生 : 非常に早かったんじゃないかと思います。こちらから提供できるエコー画像の数に限りがあったので、ある程度制限はあったと思いますが、それに対する反応が非常に早かったです。先ほどもお話ししましたが、密なミーティングができて、伊藤病院がどういうことを目指しているかを十分に汲んでくださったので、的確な結果が出ましたし、本当に感謝しています。

北村 : 僕たちも、思った以上にスピーディーに進んだなと思っています。データを提供していただいた齋藤さんと、アノテーションをしてくださった天野さんをはじめとするスタッフの皆さんのご協力がすごく大きかったですね。

毎回天野さんが、僕たちの想定している3分の1くらいの時間で「やります!」と言ってくださって。そのおかげでミーティングのサイクルも短くできました。今回500人分以上のアノテーションをしていただきましたが、実際に進めてみていかがでしたか?

天野さん : インキュビットさんからいただいたアノテーションのシステムが使いやすかったので、スムーズに作業できたなと思います。最初の説明を聞いたときは難しそうだと思ったのですが、慣れていけばどんどんできるということ、パソコンがあればどこでもできるというのが大きいです。

業務中に「アノテーションをやるのでちょっと時間ください」とスタッフを割り当てて、パソコンに向かって一気に作業を済ませて、僕が別のところで確認する。という連携がチームの中で取れていたので、結果的に早くできたのだと思います。

坪井 : 今回アノテーションは、必ずダブルチェックをする体制をとられていましたよね?

天野さん : そうですね。基本的には他のスタッフ誰かと、最後は私が見るという形で。エコーは形が大事になってきます。同じチームのメンバーなので、ある程度同じ形にはなるのですが、病院としてデータを出すので、非常に正確なデータが求められると思いそういう体制にしました。

坪井 : おっしゃる通り、データが正しくないとAIは正しく学習しません。天野さんたちが作ってくださったデータをAIに教師データとして学習させたので、そこに万全を期していただいたのは精度という意味ではものすごく大事だったと思います。

「実際に見るまでは不安だった」プロジェクトスタート時の現場の本音

北村 : 実際にアノテーションしながら進めていくプロジェクトは初めてだったとのことですが、一緒に進めさせていただく中で、不安や心配、あるいは気づきなどはありましたか?

北川先生 : 「教師データ」というのが一番大事だということを、身をもって勉強しました。「教師データ」がどんなものかも知らなかったのですが、最初に覚えさせるものが間違っていたらAIをいくら使っても間違った方向に行ってしまう。だからそこが一番大事なのだという基礎を学びました。

北村 : 天野さんはいかがでしたか?

天野さん : 最終的にはシェーマが自動作成されるというのは言葉上では分かっているものの、実際にAIを見るのは初めてでしたし、どういう風に動くかも分かっていなかったので、動くものを見るまでは率直に不安でした。我々技師が作成しているシェーマ図は、実際に患者様のエコーを撮影しているからこそ作れる側面もありますから。

なので、北川部長が話していたように教師データがものすごく重要だとは分かっていたものの、それがどういう形になって出てくるんだろうという不安は拭いきれなかったところがあります。

ただ、実際のAIを見て、「こういう風に動くんだ」というのが分かり、「じゃあさらにこうやっていけば、もっと精度がよくなるかもしれない」と思うことができました。より教師データの正確性を求めなければと思いましたし、大量のデータを覚えさせないと精度は上がっていかないんだろうなとも思いました。

北川先生 : 1回目のインキュビットさんからの開発報告のときはシェーマがずれていたりしたので、その時は「大丈夫なのかな?」とは思いました。ですがそれが2回目の報告のときには相当改善されていたので、「これはいけるな」と。

腫瘍検知は実用可能な高精度、シェーマ作成は改善見込み


伊藤病院 診療技術部 部長 北川先生

北村 : よかったです。今回の開発は、腫瘍の画像から検出する段階と、シェーマを作る段階という2段階ありました。それぞれにおいて出た成果については、どんな印象でしたか?

北川先生 : まず腫瘍を描出することについては、メジャーで測ったものは100%出せる、測らないものは約50%の検出だったと思います。それは教師データをもっと増やすことによってさらに向上できるという報告で、期待できると思いました。

もう1つのシェーマを作るほうは、だいたい60%くらいの正解率になったのですが、1つの画像に腫瘍があり、もう1つの画像に同じ腫瘍が写っていると、AIでは2つという風に検知されてしまったり、縦にまっすぐ出てしまったりする。そこは改善すれば8割くらいになるということでした。それくらいの正確率になれば実用性はあると思います。技師さんがそれを見て修正する時間はかかるかもしれませんが、8割できていればマイナーチェンジで済むのではないかと思います。

天野さん : 例えば、白い中に黒いものがあるのは検知しやすいというのは想像がつくのですが、白い中に、同じくらいの白いものがあるときの検知がすごく難しいと感じました。それを実際で考えると、私たちはエコーで映る腫瘍をリアルタイムで見ているから分かりますが、それをAIでやろうとするとこんなにも難しいのか、だからこそ覚えさせる量がないといけないんだなと思いました。

坪井 : 腫瘍検知に関しては、妥当な結果が出たなという印象です。見て分かるものは検知できるようになり、低エコーや不均質なものは苦戦していました。ただ、データを増やせばかなりカバーできると思うので、あまり心配はしていません。シェーマに関しては、今後は実際に使っていただく技師様とのすり合わせかなと考えています。

北川先生には先ほど、8割できていて、少し修正を加えるくらいなら使えるとおっしゃっていただけたのですが、やはり面倒くさいと思われたり、作業が増えてしまうと使っていただけなくなるので、その辺りの調整を今後していけたら実際に技師様の助けとなるシステムができるのではと感じました。

実務運用に向けた課題は「現場とのすり合わせ」

北村 : 今回は共同研究開発ということで、運用に向けてのプランを立てるための研究だったのですが、今後実務運用に進むときに、課題になりそうなことは何でしょうか?

天野さん : 今回の取り組みで、ある程度の腫瘍検知はできますし、数個の腫瘍であればほぼAIでシェーマが作れるようになりました。今後、その個数が増えていったとき、また、AIが作成したシェーマの腫瘍の位置と、私達が思う腫瘍の位置とが大きく異なる場合もあるので、そこのすり合わせが課題としてあげられます。

北村 : かなりやり取りをしながら試行錯誤しなければいけないところですね。ありがとうございます。

北川先生 : 今回は腫瘍の検知だったのですが、甲状腺診療においては、リンパ節が腫れているというのも非常に大事です。甲状腺がんはリンパ節転移があるかないかで手術の仕方も変わりますので、今後はそちらも検出できるようになるといいなと思っています。リンパ節の方で使えるAIが出てくると、相当臨床的に使えるものになると思います。

北村 : 今回は、リンパ節は今後の課題になりましたね。

坪井 : ぜひいつか取り組みたいと思います。

北川先生 : AIが今後どのような形で甲状腺診療にかかわってくるか、まだ分かりませんが、将来的にはAI中心の医療になるのは間違いないと思っています。伊藤病院として初めてのAI開発の取り組みで、こういうプロジェクトができたことはすごく誇りに思っています。